北岩手の地に、二百年の間
地元の暮らしに寄り添ってきた器があります

小久慈焼の起源は200年前、江戸時代に遡ります
初代熊谷甚右衛門が相馬より招いた陶工にその技術を学んだ後、地元久慈で採れる粘土と釉薬で独自の焼き物を作り出したのが起源と伝えられています。
主に日用の雑器として用いられ、八戸藩に認められたとの記録も残っています。やがてどの家庭にも必ずひとつやふたつはあると言って良いほど地元に親しまれるようになり、明治時代にはこの地を訪れた柳宗悦によって民藝として高く評価されました。
時代の移ろいとともに生活様式も変わり、それに合わせて小久慈焼の形も少しずつ変遷してきましたが、原点である地元の粘土と釉薬を使うこと、それだけは変えずに守り続けています。
この土地に生まれ育ったうつわが、何気ない日々の暮らしに寄り添うように。そんな想いを込めて、ひとつひとつ手作りしています。

小久慈焼 8代目

店主のプロフィール
下嶽智美(しもだけ さとみ)
1966年、岩手県久慈市生まれ。
幼少期より小久慈焼に親しんで育ち、1995年に久慈へUターン後、作陶を始める。伝統の技と形を受け継ぎながら、現代の暮らしに寄り添う日常のうつわづくりを探求している。
2012年「テマヒマ展」に出品。JR東日本の観光列車「TOHOKU EMOTION」(八戸線)および「TRAIN SUITE 四季島」にて、飲食用の器として採用。
シンプルでありながら、使い手の時間や料理を引き立て、そっと温もりを添えるうつわを制作している。
小久慈焼としもだけ亭
しもだけ亭(我が家のこと)で使っているうつわのほとんどが小久慈焼です。
生活には「ハレ」(非日常)と「ケ」(日常)という概念があり、お料理やうつわもその時々で変えていきますが、「ケ」のうつわと言われるシンプルな小久慈焼は、カラフルで小さなうつわや水引きなどと組み合わせて、おもてなしにもおすすめです☘️

しもだけ亭